【芸能】小清水亜美、デビュー作『明日のナージャ』に感謝 大谷育江らに声優の基礎教わり「恩返し」決意

『明日のナージャ』は小清水亜美さんのデビュー作だったんですね。大事な作品に感謝し、その経験を活かして今の声優活動を頑張っている姿勢に感心します。

 放送20周年を迎えた東映アニメーション制作のオリジナル女児向けアニメ明日のナージャ』の朗読劇イベントが、9月30日10月1日に都内で開催される。開催に先駆けて同作で声優デビューを果たしたナージャ役の小清水亜美と、20代の頃から本作品の企画を温めていた『明日のナージャ』の生みの親・プロデューサーの関弘美の公式対談インタビューが公開された。

【画像】懐かしい!『明日のナージャ』の名場面カット

 同作は、20世紀初頭のヨーロッパが舞台で、孤児院で育ち、みなしごだと信じていた少女・ナージャ主人公。ある日「お母さんは生きているかも知れない」と告げられ、手がかりは形見のブローチと日記帳、そして母親が舞踏会で初めて着たというドレス…。旅芸人一座「ダンデライオン」の一員として世界各国を巡りながら、日記帳に記された母を知る人々を訪ねてゆく「明日=未来」を見つめる少女ナージャの恋と冒険・笑いと涙の物語。

 2003年2月から2004年1月にかけて放送され、放送後の後番組として『プリキュアシリーズの1作目『ふたりはプリキュア』が放送された。

■「明日のナージャ」は20代で書いた企画書が原案

【関】 『明日のナージャ』の元となる企画書は27歳の頃に書いたものでした。当時は企画部に女性プロデューサーはおらず、プロデューサーのあくまで補佐的な仕事をしていました。その中で、プロデューサーがTV局に企画書を提出する際に、本命の企画一本だと通りづらいので、他にも企画書をいくつか提出する必要があり、そういった企画書の作成を手伝っていました。

 そのうち自分でも自分の企画書を作りたくなり、学生時代に好きだった文芸や映画から着想を得て書いたのが『明日のナージャ』の企画書でした。ようやく形にできるようになったのは、30代の終わりに企画した『デジモンアドベンチャー』『おジャ魔女どれみ』という作品がヒットしたお陰で実績とスポンサーの信頼を勝ち取ることができて、40代前半の2003年に『明日のナージャ』のアニメ化が実現しました。

 プロデューサーとしてのキャリアや、これまで一緒に仕事をしてきたスタッフたち全員の脂が乗っているいい時期に手掛けることができた作品となりました。

■『明日のナージャ』で声優デビュー

小清水】 『明日のナージャ』で声優デビューをさせて頂いたのですが、声優業として実績がないのに登用頂いたことは今でもすごいことだと思っています。当時関さんに言われた「経歴がまっさらだからこそ、一生ずっとナージャデビュー作と言える、ナージャが(小清水さんの)声優としての経歴のトップに書かれる」という言葉を20年間忘れたことはありません。『明日のナージャ』という看板を背負っていくからこそ、恩を返せるように、ナージャに選んでいただいたことに恥じないように声優業をやっていかなければならないと心に刻んでいます。

ナージャ役を小清水さんに決めた決め手はO脚?

【関】 日曜朝枠のアニメオーディションをすると、一年間続く枠ということもあり、いろんな声優事務所から大量に候補者がオーディションに送り込まれる状況でした。あまりに人数が多いと選考が大変なので、事務所に人数絞ってくれるように頼んだところ今度はベテランばかりを送り込まれ、お芝居の安定感はあっても求めているフレッシュさや、はつらつとした若さを感じる声がなくなってしまいオーディションが難航していました。

 そんな中で、一番はつらつとした若さを感じる声だったのが小清水亜美さんでした。お芝居というより声質、底に出てくる単語の話し方が現代に通じる若さが出てくるという点も魅力的でナージャ役としてほとんど即決状態でした。

 オーディションの際にとても印象的だったのが、平日の午前にオーディションを実施したので、高校の制服を着てオーディションを受けていたことでした。あとはなんといってもオーディション時に「逆向きで」声をあてようとしたことです(笑)

小清水】 (笑)。『明日のナージャ』のオーディションが初めてのスタジオオーディションでした。それまでやっていた劇団での演劇のオーディションスタッフさんの目の前でお芝居をするのが基本だったので、なんの悩みもなく、アフレコブースにいるスタッフさんを正面に見ながら、マイクにお尻を向けて、オーディションを受けようとしました。

 ミキサーさんに「逆!逆!」と言われて逆の意味がわからず「逆とは?!」と聞いてしまい、マイクの前でやるように言われて、そのままスタッフさんの方を向いたまま、今度はスクリーンを背にマイクを前にしました。声優という職業の訓練を一切受けていなかったのでマイク前が初めてで本当に無知でした。なので、誇張ではなく『明日のナージャ』の現場で同業の先輩の皆様に本気で育ててもらいました。

 リタ役の大谷育江さんに台本のチェックの仕方や、台本の何を大事にするのかといった基礎を教わったり、おばば役の京田尚子さんには言葉のセンテンスを教わりました。何が一番伝えたくて、このセリフがあるのか考えること、それをどう一番伝えられるのか芝居を構築することの大切さを教わりました。

 印象的だったのは「今すぐできろとは言わない。覚えておいていずれできるようになる。そのときにあのとき言われたことはこうだったのかと思い出してほしい」と言って頂いたことです。

 アルベール役の山崎たくみさんには、業界用語や、台本によく出る漢字の読み方などをプリントにまとめてテストにして頂いたりもしました。本当にたくさんの方から小手先の技術ではない、声優としての本質を教わったので、自分ができる努力をしないで消えるわけにはいかない、業界で残ってせめてもの恩返しをしたいと強く誓いました。

 あと、印象に残っているのは、ナージャ役に決まったと聞いてどうして決めてもらったのかと関さんに聞いたときに「後ろ姿のO脚な感じがナージャに似てた」と言われたこともとてもよく覚えています(笑)

【関】 そうそう(笑)

小清水】 アフレコの基礎が1ミリもない人間が、いろんな縁やきっかけでナージャ役に繋がったこと、本当に運命の扉を開いていただいたんだなと今でも感じます。

斎賀みつきさんは永遠の王子様

小清水】 フランシスキースオーディションの際に、実はナージャ役として掛け合いで参加させて頂いたんです。名だたる声優さんたちがいる中で、オーディション終わった後に関さんから「どの人が一番心ときめいた?」と聞かれて、お答えしたのが斎賀みつきさんでした。

【関】 掛け合いのオーディションをなぜ取るかというと、声のバランスや年齢感を見るために実施しました。スタッフとしても斎賀みつきさんがいいと思っていたのですが、斎賀さんは女性ですし、ナージャにとってときめくかはとても重要なので、小清水さんにも意見を聞きました。

 フランシスキースもどちらもイケメンだけどいやらしくならないところが特にすてきでした。男性を強くしすぎると難しいし、大人としての加減なども本当にキャラクターマッチしました。フランシスキースの演じ分けも見事で、44話はフランシスキースと本当に2名いるように感じました。

小清水】 この20年の声優人生で、他の作品でも斎賀みつきさんとは何度も共演させてもらっているのですが、どの現場で会っても斎賀みつきさんは永遠の王子様です!声優人生が終わるまで運命の王子様だと思っています。フランシスキース、20年経ってもどっちも選べないです(笑)

■20周年記念の朗読劇はダンデライオン一座のような気持ちで暖かく見守って

【関】 今回アニメの3年後を描いた小説「明日のナージャ16歳の旅立ち~」をベースにした朗読劇ではあるのですが、出演者も限られる中で、どこをポイントにして朗読劇として構成していくかを「明日のナージャシリーズ構成を務め、今回朗読劇の脚本を担当される金春智子さんと話しながら進めています。

 フランシスキースはどうしても出したい、ローズマリーがどういう風にナージャに絡んでくるのか、あのキャラクターはどうやって表現する?といったことを話しながら、大胆に構成して手を加えていますので、小説とはまた違った表現で楽しんでいただける内容になっていると思います。

 ナージャローズマリーフランシスキースがこの先どういう方向に進んでいこうとしているのか先々をちらっと見せられるところが見どころになりますので、是非会場に足を運んで、一緒にナージャの世界を旅して頂ければと思います。

小清水】 今回の朗読劇は楽しみな反面、少しプレッシャーな部分もあります。当時ナージャを演じていたときは、等身大だった部分もあるので、お芝居しているようでしていないような感覚もあったと思います。今は20年分も経験値を積んできて、キャラクターを演じる意識や技術が身についた分、当時のナージャにはならない部分もあるかと思います。

 そこも含めて、今の自分が演じるナージャダンデライオン一座のような気持ちで暖かく聞いていただけると嬉しいです。私もアニメ50話で「おかーーさーーん!」と言いながら窓をぶち破るナージャの意気込みで頑張りたいと思います!

(左から)関弘美プロデューサー、小清水亜美

(出典 news.nicovideo.jp)

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Source: 芸能野次馬ヤロウ

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