〈「見渡すと、壁中に穴がありました。何ヵ所も、何ヵ所も」殺人現場のお祓いに向かった宮司が感じた“すさまじい執念”〉から続く
自殺から殺人まで、強烈な死臭に襲われる事故物件には、仏門も神職もあまり近づきたがらないという。しかし、照天神社の宮司である金子雄貴さんは、これまで1500件以上の事故物件のお祓いに真摯に向き合ってきた。
ここでは金子さんがその体験をまとめた『はぐれ宮司の 事故物件 お祓い事件簿 1500件超の現場を浄化!』から一部を抜粋。数多くの現場を見た金子さんの記憶に焼き付いた、2つの現場の「奇妙な一致」とは――。(全4回の3回目/続きを読む)
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平穏な場所で起きた事件
事故物件のお祓いを長くやっていくうちに、全国各地から依頼の声が届くようになりました。新潟や北海道、遠くはアメリカなど海外からも依頼があったこともあります。それだけ、どの宗教であれ、日本には事故物件の現場でお祓いやお弔いをする宗教者がいないということです。
しかし、あまりに遠い場合は、費用を出すからとおっしゃっていただいても、時間や道具の運搬を考えるとお断りせざるを得ません。
10年ほど前の4月、群馬県某所にあるアパートのオーナー夫妻から依頼がありました。
照天神社のある神奈川県からは遠かったのですが、車で行ける距離だったので、うかがうことにしました。
そのアパートは、畑の真ん中にぽつんと立っていました。全部で十部屋ある木造の二階建てアパートで、目の前は畑が広がっており、とても景観が美しく、風通しのよい場所でした。窓から地平線が見えるような、開けた一帯です。
そんな事件などとは無縁のようなひなびた場所で、自殺者が出たということでした。
アパートで見つかった遺体
「おそらく冬の間に亡くなっていたようで、最近、臭いで発覚したんです」
そう説明され、案内された場所はアパート一階の一室。
亡くなった時期ははっきりしていませんが、訪れる人もなく発見が遅れ、死臭が漏れ出すと同時に遺体にたかる大量のハエが廊下などに飛び交い、発覚したそうです。
部屋の前に立つと、発見が遅れ死体が腐乱したために例によってひどい臭いがしました。
事故物件でのお祓いをするようになり、死臭には慣れていましたが、何度嗅いでも心地よい臭いではありません。
その場から一刻も早く立ち去りたかったのか、不動産屋さんは部屋の鍵をあけると早々に帰ってしまったので、オーナー夫妻の立ち会いのもとで部屋に入りました。
玄関をあけると、ムワッと臭いの爆弾が押し寄せました。
ワンルームの片隅にベッドがぽつんとあり、手前のフローリングの床には、人間の形をした体液の跡がべったりと残っていました。亡くなった方の最期の姿がありありと想像できるような、遺体が倒れていた黒いシミです。
その場所は、上部には紐を吊るせるようなものはなく、首吊りはできない位置でした。
服毒自殺ではないかということでした。
なぜ死を選んだのか、どのような方法で亡くなったのか、現場の状況から察せられることはありますが、興味本位で知ろうとはしないようにしています。
どのような状況かであるにかかわらず、わたしにできることは、ただ死を悼むのみ。
そして、亡くなった方だけでなく、残された方のためにお祓いという儀式が必要とされるから、現場に向かうのです。
いつものように部屋に小型祭壇を組み立て、儀式の準備をしました。
「畏み畏み申す……祓い給え、清め給え、祓い給え、清め給え……」
一連の儀式を滞りなくおえ、わたしが帰り支度をしようとすると、オーナー夫妻がためらいがちに口を開きました。
「すみません、実は、もう一件あるんです」
自殺者の隣人
「もう一件? どういうことですか?」
わたしが尋ねると、自殺者が出た部屋の隣の部屋も、お祓いをしてほしいということでした。隣人が亡くなっていたのが発見されたというのです。それも、同じ時期に自殺していた……。
そんな偶然があるものか、と思いながらも隣の部屋に向かいました。
同じ間取りのワンルームなので、その部屋にも先ほどの部屋と同じような位置にベッドが置かれていました。そしてベッドの手前の床には、人が倒れていたであろう人間の形をした黒いシミの跡が……。
「えっ……!?」
つい先刻見たばかりの同じ映像を、もう一度見ているような奇妙な既視感に襲われてクラクラしました。
それほど、現場の状況がそっくりだったのです。
依頼者の話では、隣人同士は特につながりもなく、疎遠だったそうです。なのに、同じ間取りの、隣り合った場所で、同じ時期に自殺をしていたのです。
こちらの部屋にも、先ほどとまったく同じ死臭がただよっていました。
現場はどこにでもある木造アパートで、隣人同士はあいさつくらいは交わしたことがあったかもしれません。しかし、現代においてそれ以上の交流がないのは普通でしょう。
長く訪問してくる友人もいなかった孤独な二人が、なんらかの悩みや苦しみを抱えて、壁一枚を隔てたすぐ隣で、同じような最期を迎えていた……。
自殺現場のお祓いはわたしにとってはめずらしくないのですが、二つの遺体の奇妙な一致ゆえに、今も記憶に残っている事件現場です。
なぜ祓うのか
神道に詳しくない人には、お祓いといってもピンとこないかもしれません。
厄祓いや煤祓いという言葉は知っていても、神主がお祓いでなにをしているのか、よくわかっていない人が多いのではないでしょうか。
お祓いとは、よくないことが続いたとき、罪を犯してしまったとき、家を建てるなど新しくなにかをするときなどに、罪や穢れなどのよくないものを、心身やものから取り除き、浄化して清らかにすることです。
さらに、空間の浄化作用もあります。
「少し長いはじめに」で、お祓いをした後に、不動産屋さんやリフォーム会社の方たちの憑きものが落ちたようになったのは、お祓いにより空間が浄化されるとともに、亡くなった人やそこにいる人たちの悪いものや穢れが取り除かれたためでしょう。
お祓いにより気分も空間もすっきりとして、新しいことに向き合えるようになるのです。
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Source: 芸能野次馬ヤロウ