■何時間も叱責され、泣きながら謝り続けた
宝塚歌劇団の劇団員のAさん(享年25)が9月末に急死した問題で、遺族が12月7日、代理人弁護士を通じて「遺族の訴え」を公開しました。全文は次の通りです。
娘と会えなくなってから、2カ月が経ちました。
今でも娘からのラインを、電話を、そして帰ってくる足音を待ち続けています。その間に、さまざまな事がありましたが、劇団がパワハラを一向に認めない姿勢に憤りを感じています。
劇団が調査依頼した弁護士による調査報告書の内容は到底納得出来ません。宙組の生徒さんが勇気を出して証言してくださった事、私たち家族が訴えた事が全く反映しておらず、パワハラを行った上級生を擁護する歪曲された内容になっています。
しかしながら、調査報告書が認定している事実だけでも、当該上級生の言動がパワハラにあたります。
何日も、何時間も、感情に任せて叱責され、「すみませんでした」と言うことしか許されず、泣きながら謝り続けている娘の姿を想像すると、憤懣やる方ない思いです。
娘は、もう何を言う事も出来ません。それを良いことに、自分たちの都合の良いように真実をすり替え、娘の尊厳をこれ以上傷つけるのはやめてください。
私たち家族は、劇団と、パワハラを行った上級生が真実を認め、謝罪する事を求めます。
■「女の軍隊」ならではの問題
遺族側はAさんの死亡原因について、「過重労働」と「上級生からのいじめ、パワハラ」があったと主張しています。12月7日に会見を開いた代理人の川人博弁護士は「ヘアアイロンで火傷を負ったこと」「下級生の失敗はすべてあんたのせいやと叱責を受けたこと」など、3つの時期に分けて、15のパワハラ行為があったことを指摘しました。
一方、いじめ、パワハラについて否定している歌劇団は、11月14日に公表した調査報告書を金科玉条のようにして、弁明を続けています。この報告書が十分な調査を尽くしたものと言えないことは前回の記事で指摘した通りです。
その報告書でさえ、上級生が、周囲の劇団員にも聞こえるほど叱責したことを認定しています。「いじめやハラスメントは確認できなかった」という歌劇団の主張は苦しいように思います。
宝塚音楽学校をめぐっては15年前、集団でいじめられた上、退学処分にした音楽学校に対し、退学撤回を求める「タカラヅカいじめ裁判」が話題になりました。なぜこうした問題が起きてしまうのでしょうか。そこには「女の軍隊」とも言える宝塚歌劇団特有の問題があると考えられます。
■「清く正しく美しく」がモットーの「女の軍隊」
上級生に絶対服従で、言葉の暴力を受けても聞いているだけ。自分の意見を伝えることもできず、難癖を付けられて連帯責任を取らされてしまう。宝塚音楽学校で上下関係やしつけを2年間、みっちり教え込まれて、その卒業生だけが宝塚歌劇団に進みます。
上下関係は維持されたままで、異なる価値観が入り込む余地はありません。入団後も劇団員は生徒と呼ばれ、タカラジェンヌ(劇団員)自身が「女の軍隊」と語るように権力構造、序列が明確で、常識外れ、不合理なことが蔓延(はびこ)る閉鎖社会が形成されてきました。
宝塚音楽学校の校訓であり、宝塚歌劇団のモットーである「清く正しく美しく」を求められ、それに反することは「隠さないといけない」。肉親にも不祥事を漏らさないよう箝口令が敷かれ、「外部漏らし」が起きると、徹底的に犯人捜しをしてきました。
先輩が「カラスは白」と言えば、白と思わざるを得ないほど、理不尽な論理がまかり通り、外部と遮断された密室、「乙女の園」で飼い馴らされ、不都合なこと、悪事を隠蔽(いんぺい)してきました。「タカラヅカいじめ裁判」でも、裁判所の判断を無視し、結局、生徒を学校に復帰させないまま、うやむやにしました。
体面を繕い、人に話せない秘密を共有することで、「女の軍隊」の絆(きずな)はより強固なものになっていきます。
■労働組合がなくなり、業務委託契約に
宝塚歌劇団では、戦後、労働組合が結成され、「宝塚の至宝」と呼ばれた天津乙女や、人気男役スターとして一世を風靡(ふうび)した春日野八千代が組合の副委員長を務めてきました。しかし、1977年に劇団員と業務委託契約を結ぶことになり、労働組合を解散してしまいました。
阪急電鉄にとって、宝塚歌劇団とプロ野球チームの阪急ブレーブス(現オリックス・バファローズ)は赤字を垂れ流す「お荷物」でしたが、1974年の『ベルサイユのばら』の空前の大ヒットで、劇場を新設するなど、公演機会を増やして増収を図ろうと目論んでいた時期でした。
劇団員個人との対等の契約(個人事業主としてのタレント契約)にしたほうが経営の自由度は高まり、労働組合を潰したほうが経営側のメリットは大きいと考えたのでしょう。
当初、入団後7年目の劇団員から業務委託契約にしていましたが、2007年からは6年目からに変更。業務委託契約と言っても形だけの関係であり、宝塚歌劇団以外の仕事はできず、1年ごとの出演契約です。
稽古や雑用など時間の拘束も長く、ギャラ(出演料)の交渉を、劇団員が代理人を立てて丁々発止で決めているのかも疑問です。「生徒」と呼んでいる相手と、まっとうな交渉をしているとは思えません。
■実の兄が「角会長は辞めるべき」と断罪
企業における人権問題には、過労死、長時間労働、パワハラやセクハラなどのハラスメント(嫌がらせ)、不当な差別などがあります。宝塚歌劇団の運営で、人権問題のチェックは行われていたのでしょうか。
企業で発生したパワハラ、セクハラなどの人権問題で、社長が辞任するケースも起きています(共同通信社での事例)。宝塚歌劇団の場合は、いじめ、パワハラ、長時間労働などで人命が失われています。
阪急阪神ホールディングス会長兼グループCEOの角和夫氏の実の兄は弁護士で、宝塚歌劇団の一連の対応を「人の道に外れている」と断罪し、弟である角会長は辞任すべきだ、と『週刊文春』で発言しています(12月14日号)。
角会長は12月1日付で宝塚音楽学校の理事長を退任しましたが、それだけでは不十分です。2003年に阪急電鉄の社長になって以来、20年間の長期政権を続けてきた角会長だけでなく、宝塚歌劇団を運営している阪急電鉄の社長であり、阪急阪神ホールディングス社長の嶋田泰夫氏も責任を取らざるを得ないでしょう。
■社外取締役が人権問題をチェックすべき
阪急阪神ホールディングスには、慶應義塾大学特任教授の遠藤典子氏、弁護士の鶴由貴氏、西日本電信電話社長だった小林充佳氏、元検事で現在弁護士の小見山道有氏、京都大学大学院特任教授で、社会健康医学や健康経営の専門家である髙橋裕子氏の5人の社外取締役がいます。
宝塚歌劇団の劇団員やスタッフの人権問題、健康管理をチェックして、阪急阪神ホールディングスが、歌劇団の人権問題の解決に全力で取り組むように、社外取締役の責務を発揮すべきではないでしょうか。
経済産業省は、会社法およびコーポレートガバナンス・コードの趣旨を踏まえて、社外取締役の役割や実務について、「社外取締役の在り方に関する実務指針」を2020年7月に策定しました。そのポイントを概要版で、4ページの文書にまとめています。
「社外取締役の最も重要な役割は、経営の監督である」とし、「必要な場合には、社長・CEOの交代を主導することも含まれる」と謳っています。
詳細版は「社外取締役の在り方に関する実務指針(社外取締役ガイドライン)」に記されていますので、参考にしてください。
■「開けた歌劇団」にすることが再生への近道
今回、労働基準監督署が宝塚歌劇団に2度の立ち入り調査を行っていますが、2年前の2021年にも演出助手の休日労働などに関して、労基署から是正勧告を受けています。労働環境が劣悪で、従業員満足度が低いまま放置することは許されません。劇団員の離職率が高いことも問題で、人権と健康を守る仕組み作りが急務となっています。
宝塚歌劇団の要職に就いている人々は、阪急阪神ホールディングスのトップの顔色を伺っているとしか思えません。宝塚音楽学校の入学試験に、阪急阪神HDのトップが立ち会い、親の職業や年収を問いただしているという報道もあり、カネとコネがないと、タカラヅカの舞台でいい役に就けないという情報も流れています。これが真実ならば、不当な差別に該当します。このように、さまざまな人権問題を歌劇団は抱えているようです。
グループ企業内で起きていた、いじめやパワハラを隠蔽してきたのなら、阪急阪神HDのトップは辞めざるを得ないでしょう。阪急電鉄の一部門ではありますが、宝塚歌劇団に労働組合を復活させ、劇団員が社員という立場から業務委託契約に変更するかどうかは本人の選択制にする、人権問題や労働問題に詳しい弁護士を労働組合の顧問にするなど、労使関係と職場環境の再整備に取りかかる必要があります。
外からの風を入れ、自由闊達(かったつ)にものが言える宝塚歌劇団にすることが、傷付いた信用とプライドを取り戻すことにつながり、再生への近道になるのではないでしょうか。
———-
ジャーナリスト・作家
出版社に勤務後、フリーで活動し、小説『黒い糸とマンティスの斧』をアマゾンのキンドル出版で上梓。情報サイトの「note」で、メディアやミュージアムなどについて執筆。
———-
続きを読む
Source: 芸能野次馬ヤロウ