■「こんな法律ができたら女性と交際するなんて無理だ」
ご存知のとおり、7月13日に「不同意性交罪」が盛り込まれた改正刑法が施行された。
性犯罪規定を見直す改正刑法が13日に施行、強制・準強制性交罪が統合されて「不同意性交罪」に、強制・準強制わいせつ罪は「不同意わいせつ罪」となる。性的部位や下着の盗撮を罰する新法「性的姿態撮影処罰法」も同日施行。
不同意性交罪と不同意わいせつ罪は「同意しない意思を形成、表明、全うすることのいずれかが難しい状態」にすることが要件。暴行・脅迫やアルコール・薬物の摂取、上司と部下といった関係性の悪用など、要因8項目を列挙した。これらに「類する」場合も処罰する。
〔産経新聞「『不同意性交罪』13日施行 改正刑法、盗撮処罰新法も」(2023年7月12日)より引用〕
これに対してネットを観察すると批判の声が多く聞こえてきた。その多くは男性からのようだった。
「後から『合意じゃなかった』と言われたら性犯罪者とかヤバすぎる」
「書面で同意書を取っておかないとヤバい」
「もうこんな法律ができてしまったら、女性と交際するなんて恐ろしくて無理だ」
■「お金がない・仕事がない・出会いがない」ではない理由
こうした男性たちの反応に対して、SNSでは「過剰反応をやめろ」「性犯罪から守る法律なのにそれを嫌がるなんて間違っている」「なにかやましいことでもあるのか」といった批判的な声が少なくなかったようだ。しかしながら、この法律にまつわる一連の反応こそ、現代社会で「異性との交際を望まない」とする人が全体的に増えており、とりわけ男性では20代のおよそ4割が実際にデート経験すらないという「恋愛離れ」というべき状況が加速している理由を暗に物語っているように見える(内閣府「令和4年版男女共同参画白書」)。
お金がないから、仕事がないから、出会いがないから、時間がないから――そういったことではない。かれらの間で「恋愛離れ」が加速している本当の原因は別にある。
■日本は「男性側から恋愛関係を始める」傾向にある
この国の女性は世界的に見ても「受け身」であることが知られており、たとえば恋愛関係の開始については基本的に男性側のアプローチ、つまり「告白」というアクションの発生を待つ傾向がある(内閣府「平成27年度少子化社会に関する国際調査報告書」2016年3月)。
男性と女性が知り合うにしても、友達になるにしても、恋人になるにしても、異性関係構築における「ファーストステップ」を踏み込むのは原則として男性の役割である。よほどの例外的な事由がないかぎり、男女逆転パターンは見られにくい。
異性関係の構築においてはもっぱら男性が「相手の女性のパーソナルスペースに踏み込む」という社会的リスクのともなう行動をとらざるを得ず、その行動はしばしば“侵襲的”な側面を持っている。ここでいう“侵襲的”とはつまり、気分を害したり、不安を与えたり、不快感を与えたりと、相手に負の感情や経験を与えうる加害性のことだ。
パーソナルスペースに侵入して接近し、お近づきになろうとする行為は、もちろん相手側からそのアプローチが歓迎されればそれで丸く収まる。しかし当たり前のことだが、男女の出会いと関係構築はいつだってそのような好首尾に終わるわけではない。近づくのを歓迎されることなく、「望ましくないかかわり」として鬱陶しがられ、拒絶されてしまうこともある。というか、男性からすればそちらの経験のほうがずっと多いだろう。
■「お近づきの失敗」が単なる失敗では済まなくなった
相手のパーソナルスペースに踏み込んで異性関係を構築しようとする試みが失敗したときに、相手から「キモい」「ウザい」などと思われて拒絶されるくらいで済んでいたひと昔前はまだマシであったというほかない。現在だとそれで済まないこともある。「お近づきの失敗」は、下手をすればそれ自体がハラスメントや性加害として指弾され、ときに社会的あるいは法的(最悪の場合は刑事的)なペナルティが発生する可能性さえもある。
現在の日本で妙齢の男性たちがますます「恋愛離れ」を加速させているのは、異性関係を構築するためのルートが日本では実質的に「男性主導で相手のパーソナルスペースに侵入してコミュニケーションを試みる」以外にはまったくといってよいほど存在していないのに、現在の価値観においてそのような営みの「有害性」や「非倫理性」がますます高くなっているためだ。
とどのつまり、親密な異性関係を得るための最初のステップとして、パーソナルスペースに踏み込んで「加害者になるかもしれない」という行為をすることのリスク・リターンが、現代社会の男性にはほとんど見合わなくなってしまっているということだ。
■自宅にこもってソシャゲでもやっていた方がマシ
自分がハラスメント加害者、最悪の場合は性犯罪者予備軍として扱われてしまう極大のリスクを冒して得られるのが「女性と仲良くなれるかもしれないチャンス」というのは、いまどきの男性にとっては――とくに倫理観や人権感覚がアップデートされた若い世代にとっては――あまりにも「割に合わない」行為に思えてならない。
女性から「キモがられる、ウザがられる」くらいなら、「あちゃー、ダメだったか。まあいいや、次の女の子に当たっていこう!」くらいのテンションで済むかもしれない。だが「ハラスメント加害者」とか「性的加害」とか「人権侵害」とかとまで言われてしまうと、さすがにそんなリスクを負ってまで「女性と仲良くなる」は割のよい報酬には見えない。それなら自宅にこもってソシャゲでもやっていた方がマシだ――となってしまう。
■マッチングアプリでも男性が「アプローチする側」
現代日本の妙齢の男性たちにとってつらいところは、異性関係構築のリスク・リターンが割に合わないからといって、それ以外に女性との性的関係値を得るようなオルタナティブが存在していないことだ。マッチングアプリといった新しい出会いの方法は登場したかもしれないが、そこでも結局「アプローチする側=男性/アプローチを受けて評価する側=女性」という基本的な構造は変わらない。
残念ながら「有害性のない、まったく新しいアプローチの方法」や「女性が男性にアプローチする意識改革」が生じたり、あるいは「お見合い文化」がいつか復活したりするのを信じて待っていたら、おそらく今の若者たちが老人になってしまうくらいには途方もない時間がかかってしまうだろう。自分自身が後世に遺伝子を残したければ、「加害者になる」というリスクとコストを引き受けるしかない。
言い換えれば、自分の胸に手を当ててとことんまで自問した結果として「自分の遺伝子を残すこと」についてそれほど至上の価値を見いだせないのであれば、そうまでして恋愛や結婚を志す必要はないといえる。そして実際に胸に手を当てて「恋愛や結婚は別にいい」という結論を出している若者が増えていることは統計が静かに物語っている。
■恋愛や結婚はあらゆる面で不利益が大きい
現代の妙齢男性にとって現在の恋愛や結婚は、客観的に見れば社会的にも経済的にも行政的にも司法的にもあらゆる面で不利益が大きく、その種々の不利益を甘受してでも「子供をつくりたい」と願う人でもなければあえて選ぶべきオプションでもなくなっている。
いま世の中が「望ましくないかかわりは加害であり、場合によっては犯罪だ」とかといった論調の盛り上がりを見せているが、それを妙齢男性が真に受けて異性関係構築を自粛すれば、たしかに道徳的で人権感覚にフィットした立派な人間と見なされるかもしれない。だがそれはいうなれば「倫理的な自死」とでもいうべき代物だ。健康のためなら死んでもいい、というのは本末転倒だが、しかし現代人はまさしく死よりも不健康を恐れている。
■「不道徳な存続」か「倫理的な滅亡」か
いずれにしても、現代の若い男たちは「倫理的」であることを尊び恋愛や結婚から退場して自らを“末代”とするか、あるいは「不道徳」な人間としてのリスクを負いながらでも、それでも異性との関係を求めるのか、厳しい二択を選ばされる時代にあることはたしかだ。
不道徳な道を選ぶことはつらいが、かといって倫理的な道が容易いかというとそうではない。生物として深い部分に刻み付けられた「子孫を残したい」という命令に逆らうことは並大抵ではない。一時的な思想の流行があったからといって、この生物の根源的な欲求を完全に克服できるとはかぎらない。自分自身の末代を確定させ、遺伝的に滅亡を決定づけるような営為は、生物としての本能に著しく反しており、それが時として人間の正気を失わせることもある。
いまは「恋愛や結婚なんてコスパ悪いからやらなくて正解。その証拠に自分はこんなに快適に暮らしているのだから」と思えたとしても、その信念が40代や50代でも揺るがないという保証はどこにもない。事実として、そうした生き方を2000年代に称賛され、それからおよそ20年後の現在、再生産年齢を終える40代にさしかかり「こんなはずじゃなかった」「寂しくてつらい」「なんのために生きているのかわからない」と悲鳴をあげる人びとがSNSでも続々と観測されている。
いずれにしても、現代の対人関係の道徳的規範のアップデートによって「恋愛の有害性」が相対的に上昇し、それに耐えられない人が若年層を中心として続々と増えていること――それこそが、「恋愛離れ」の深層である。
それは、私たちが次世代に命をつなぐことよりも、自分が倫理的であることの方が大切であるという身もふたもない結論を暗に出しているということでもある。
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文筆家・ラジオパーソナリティー
会社員として働くかたわら、「テラケイ」「白饅頭」名義でインターネットを中心に、家族・労働・人間関係などをはじめとする広範な社会問題についての言論活動を行う。「SYNODOS(シノドス)」などに寄稿。「note」での連載をまとめた初の著作『矛盾社会序説』(イースト・プレス)を2018年11月に刊行。近著に『ただしさに殺されないために』(大和書房)。「白饅頭note」はこちら。
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Source: 芸能野次馬ヤロウ