【芸能】伊藤かずえ&早見優、苦労した“売れてない時代”振り返る

この記事を読んで、伊藤かずえさんや早見優さんの過去の苦労について知ることができて感動しました。彼女たちの努力と忍耐が報われ、今では大成功を収めている姿を見ると、本当に努力は報われるものだと思います。

女優の伊藤かずえが7月29日、自身のYouTubeチャンネルを更新し、愛車・日産シーマタレント・早見優と“ドライブトーク”を展開。アイドル時代の思い出や苦労話をしている。

動画の冒頭、「久しぶりのシーマドライブトークなんですけれども、今日はこの方に来ていただきました!早見優ちゃんです!」とさっそく今回のゲストである早見を紹介し、「優ちゃんとは同い年でしかもデビューの日も一緒。いろいろ積もる話とかもしていきたいと思います!」と続ける。

愛車であるシーマを走らせ、早見とアイドル時代の思い出を振り返っていく伊藤。「私と優ちゃんは1982年4月21日って同じ日に歌手デビューしてるんだけど、3月21日は堀ちえみちゃん、小泉今日子ちゃんとかがいて、もうちょっと遅れて中森明菜ちゃんがいたりとか、すごい売れる人が多かった。雑誌のインタビューとか結構集合してたよね」(伊藤)、「集合してた。歌番組も多かったから毎日会ってた。一気に距離感が縮まって仲良くなったよね」(早見)、「先生に、こんなに私語で盛り上がるチームはここだけだって言われた(笑)」(伊藤)と、80年代デビューアイドルが仲が良かったことを明かす。

さらに、デビュー当時から華やかに活動していたイメージのある二人だが、実は売れていなかった時代もあったと話し、「私は子供だったのに子供らしさがない顔してて、割と丸顔で童顔で年よりも若く見えるような子がすごく人気だった」と話す伊藤に、「私も当てはまんない!しかも色黒いしさ(笑)」と早見も便乗。伊藤は時代劇が決まるまで、早見は5枚目のシングル「夏色のナンシー」がチャートインするまでは鳴かず飛ばずだったと、苦労した時代についても語った。

そこから当時の思い出話にさらに火が付き、もらったファンレターについての話題に。「私、女の子ファンすごい多くて。握手会の時に、教科書の1ページ目から最後のページまでずーっとあなたのこういうところが好きみたいな文が書かれてて(笑)すごいその人のこと覚えてる」と衝撃のエピソードを話す伊藤。また、早見も、「私は色が黒くて、あの頃は『優』っていう一文字女の子の名前が珍しかったから、最初にもらったファンレターに『今度デビューする早見優くんへ』って書かれて(笑)。男だと思われてた」と驚きのファンレターエピソードを続け、その後も車内は、同じ80年代デビューアイドルならではの思い出トーク大盛り上がりとなった。

(出典 news.nicovideo.jp)

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Source: 芸能野次馬ヤロウ

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